スコッティのティッシュを見て感じたこと

最近、我が家で使用している「スコッティ」のティッシュを見て、感心したことがあります。

ティッシュの出口付近をよーく見ていただきたいのですが、

取り出し口の透明なビニルのフィルムがない」んです!!

これって、素晴らしいことだと思います。

取出し口のフィルムがなくて感心した理由 その1

何と言っても、ティッシュを使い終わって、箱を処分する時にゴミを分別する必要がなくなるので便利ですよね。

今までなら、取出し口付近に糊付けされたフィルムを剥がしてから、ティッシュの箱を潰していましたが、フィルムを剥がすという作業が必要なくなりましたから。

消費者に対してとてもフレンドリーな改善だったと思います。

逆に言うと、「今まで何のために、このフィルムが付いていたのかな?」って思ってしまいます。

・ティッシュにホコリがつかないようにするため?

・ティッシュの箱に異物?が侵入しないようにするため?

・ティッシュを1枚ずつスムーズに取り出せるようにするため?

・高級感を演出?

あれこれ考えてみましたが、これといった理由が見当たりません。

取出し口のフィルムがなくて感心した理由 その2

メーカー側の論理からも考えてみました。

「取出し口のフィルムが要らないのではないか?」ということは、日本製紙クレシアの開発者、技術者、工場従業員などは、以前から議論していたのかもしれません。

仮に、フィルムを無くすことができたら、フィルムを購入する必要がなくなりますし、フィルムを貼り付けるノリも購入する必要がなくなります。従って、製造原価を下げるコストダウンが可能になることが想像できます。

フィルムやノリの単価は「たかが知れている」かも知れませんが、ちりも積もれば山となるはずですので、効果は大きいのではないでしょうか。

また、フィルムを搬送する為の機械や、ティッシュの箱にフィルムを貼り付けるための設備やその設備のメンテナンス費用などを加味すると、さらに大きな効果が見込めます。

全体としてコストを下げることができれば、消費者に対しても安く良質なティッシュを提供することができるはずです。

取出し口のフィルムがなくて感心した理由 その3

取出し口のフィルムを無くすことは、ほんの些細な「カイゼン」だったのかも知れません。ですが、私は社内外では多くの調整があったのではないかと思いました。

それを、最終的に具体的な商品として世の中に出した(やりきった)点が感心した理由の3つ目です。

私は部外者ですので、日本製紙クレシアのことは何にも知りませんが、社内では、以下のような議論があったのではないかと想像しました。

【取出し口のフィルムを無くすことに反対派の意見】

・昔からのティッシュを愛用している「年配のユーザー」から、「あら、フィルムが無くなったから、何となく嫌だわ。他社のティッシュにしようかな」と言われて、シェアを奪われたらどうするんだ?」

・日本製紙にフィルムを販売していた会社からすれば、ある日を境に売り上げが激減(もしくは0)になってしまう訳だから一大事だ。潰れる会社が出てくるかもしれない。企業の社会的責任として、フィルムを無くす訳にはいかないのではないか。

・大幅な品種変更なので、社内の役職者の承認を得ることが大変。自分たちの給料が大して上がるわけでもないのに、いちいち偉い人たちを説得する価値があるのだろうか?

まとめ

もし、取出し口のフィルムを無くすことが、トップダウンの指示の下で実現したことであれば、上に書いたような苦労は無かったのかもしれません。

ですが、一担当者の提案で、この施策が実現したのだとすれば、そこには様々なドラマがあっても良いように感じました。

そして、このカイゼンを実現して、「取出し口にフィルムの無いティッシュ」を商品として世の中に出すことができた当事者の充実感は、とても大きなものだったと思います。

ほんの些細なことかも知れませんが、いろんなドラマがあったことを想像させてくれたスコッティのティッシュに感謝します。

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