「奇跡のリンゴ」を読んで 木村秋則さんとホリエモンの共通点

以前、私の尊敬している先輩から「奇跡のリンゴ」の話を聞いたことがあったのですが、昨日、近所のブックオフで偶然この本を発見したので、買ってみました。

昨日と言っても、夕飯を食べた後に外に出たので、8:00PMぐらいだったと思います。

帰宅してから早速読み始めたところ、話に引き込まれて一気に最後まで読んでしまいました。今日は少し寝不足です♪

この本は、青森の農家の木村秋則さんが、農薬も肥料も使わず、おいしいリンゴを実らせるまでの困難を極めた話が、ノンフィクションとしてまとめられた本です。

これからの私の生き方や働き方を考える上で、示唆に富んだ内容が多かったですし、何より彼を支え続けた家族の愛情に感動しましたので、記事にしました。

バカになるということ

バカになるって、やってみればわかると思うけど、そんなに簡単なことではないんだよ。だけどさ、死ぬくらいなら、その前に一回はバカになってみたらいい。」

「ひとつのものに狂えば、いつか必ず答えに巡り合うことができるんだよ」

「奇跡のリンゴ」P23より一部引用

私は同年代のホリエモン(堀江貴文氏)の著書をよく読みます。自分と全く異なる考え方や生き方をしているホリエモンに共感する部分が多いことが、彼の著書をよく読む理由です。

自分の人生をあえてレールから外してみようと行動に移し始めたのも、彼の影響が少なからずあります。

ホリエモンが「本音で生きる」の中で、「自分がバカであることを知っている人は強いのだ」と言っていることと、木村さんの上のセリフが私の頭の中で繋がった瞬間は、鳥肌が立ちました。

この本の主人公の木村さんとホリエモンは全く異なる人種ですが、

「自分のやりたいことをやって成功する人」

という点では共通することが多いように思います。

失敗の可能性など考えず、「直観」を大切にして、木村さんが無農薬栽培に取り組み始めた点も、ホリエモンがよく言う「ノリの良さ」や「小利口になるな」という言葉と繋がっていて、考えさせられました。

自意識やプライドについて

自分はリンゴ農家だ。リンゴだけで食べていける。アルバイトなんかするものか。ずっとそう思い続けていた。

岩木山に上って答えを見つけてから、どういうわけかそういう妙なプライドのようなものが綺麗さっぱり消え去っていた。プライドが他人の目を意識する気持ちから生まれるとするなら、他人の目が全く気にならなくなったとも言える。

リンゴの木に実をならせるためなら、なんでもやれるという気持ちになったのだ。

「奇跡のリンゴ」P134より一部引用

世の中に受け入れられるかどうかは問題ではない。それは、世の中が決めることだ。自分はこの道を行けばいい。後は野となれ、山となれだ。

「奇跡のリンゴ」P176より一部引用

上の二節も、下に記したホリエモンの考え方に似ているところを感じます。

「『世間体が悪い』『人の目が気になる』というのは、僕に言わせれば全て自意識過剰だ。実際にあなたのことをそんなに注目している人はいない」

「本音で生きる」P81より一部引用

もっとも木村さんの場合は、ホリエモンの言う「あなたのことをそんなに注目している人はいない」という話は当てはまらないでしょうね。青森県岩木町という狭いコミュニティの中で、木村さんが無農薬リンゴの栽培に取り組んでいることを知らない人はいなかったはずだからです。

木村さんは「カマドケシ」という津軽弁で最悪の渾名をつけられ、町の人達から相当な変わり者(≒注目される人)として見られていました。それでも「自分はこの道を行けばいい」と腹を据えることができた木村さんの意思の強さは並大抵のことでは無かったのだと思います。

この本の最後で、無農薬・無肥料の栽培方法を「ノアの箱船」の話に例えて、木村さんは「私の船に乗りなさい」と言った姿が印象に残っています。

農薬や化学肥料が不可欠な現代の農業が、いずれ破綻することが目に見えているからこそ、木村さんの確固たる信念が生まれたのではないかと考えました。そして、誰に何と言われようが「自分はこの道を行けばいい」という発言や行動に繋がったのでしょう。

家族に対する愛情・家族の支え

私が感極まったのは、木村さんと木村さんの娘さんとのエピソードです。

「もう諦めた方がいいかな」

本気でそう思っているわけではないことはわかっていた。けれど、お父さんも苦しんでいるんだよということを教えてやりたくて、子どもたちにその話をすると、長女が思いがけない反応を見せた。

いつもは大人しい彼女が、色をなして怒ったのだ。

「そんなの嫌だ。なんのために、私たちはこんなに貧乏してるの?」

「奇跡のリンゴ」P100より一部引用

無農薬・無肥料栽培を初めて5年目に入ってもリンゴ畑の状態は悪化するばかりでりんごは実らず、収入は激減し、毎日の食事にも困窮していた木村家です。

木村さん自身は「焦って」いました。それは家族がいるからです。自分のことなら、食べ物がなくても、服がなくても何も不満はないし、心を乱されることはありません。

元通り農薬を使う栽培方法のリンゴ農家に戻れば、家族にこんな苦労をかけなくても済むと考えた木村さんが、思わず「もう諦めた方がいいかな」といった時の娘さんの言葉が印象的です。

「父親の夢は、いつしか娘の夢になっていた」

父親の背中を見て、父親の信念や夢を娘が感じ取ったのでしょう。

感動するということ

本当に感動したとき、人は言葉も、表情すらも失ってしまうものらしい。何か言葉を発することも、そこから動くことすら忘れて、二人はその場に立ち尽くしていた。

「奇跡のリンゴ」P165より一部引用

私は自分が感動できることを、死ぬまでに経験することができるのだろうか?と考えてしまいました。

「本当に感動する」ということは、能動的に何かを成し遂げた人だけが受け取ることのできる、勲章のようなものかも知れません。

たった一度の人生ですので、来るかどうかも分からない「感動」を待っているのではなく、自分が「バカ」になって「ハマれる」何かを成し遂げることで感動できるような人生を歩みたいですね。

そのために「自分の意思で選択して行動に移す」という思考を大切にしたいと思います。

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